「自動車整備士の現状と車検料金 2―作業内容と考えるべきポイント」の続きになります。
【平成7年 道路運送車両法一部改正による車検制度の見直し】
この法改正によって自動車業界は影響を受けたことは確かです。
格安車検やユーザー車検の登場により価格競争が起こり、顧客の選択肢が増えたことで価格に敏感な一部の顧客が安価な車検サービスを選択するというユーザーも多くなりました。
今現状はどうなっているのかというのを記事にしてみました。
平成7年道路運送車両法一部改正の影響
一昔前は車検といえばディーラーや民間の整備工場で専門的に行われてました。
しかし平成7年に道路運送車両法の一部改正によって車検制度が変わり「前検査・後整備」が可能になりました。
平成7年 道路運送車両法一部改正による車検制度の見直し
国土交通省国土交通省の任務、報道発表資料、政策、統計情報、申請・手続きに関する情報を掲載しています。
どういう事かと言うと・・・
改正前の自動車整備工場は、事前に点検整備を実施しその後検査する「前整備・後検査」で、認証を受けている整備工場だけが整備や検査が出来たんです。それ以外の方法はNGでした。
ですから、改正前は認証を持ってない整備工場や中古車業者は認証工場へ車検を依頼してました。
しかし法改正によって「前検査・後整備」でも検査が可能となり、認証を持ってない整備工場や一般のユーザーでも検査が出来るようになったんです。
ユーザー車検について
車検費用を抑えることができるユーザー車検。
これはユーザーが負担する”費用”という面だけみれば画期的かもしれません。
しかしクルマの知識がまったくない人にとっては難しいと思います。
専門用語や点検記録簿の記入・手続きの方法など色々調べたりする時間と手間がかかるので、時間に余裕がなければ無理かもしれません。
ユーザー車検の流れ
ユーザー車検の流れを簡単に説明します。細かい部分は省略します。
まずは最寄りの陸運支局での予約が必要です。
予約日当日に陸運支局に行き、必要書類の提出や印紙・証紙の購入、検査手数料の支払いを行います。
自動車検査票を持参し、検査コースで順番待ちをします。
検査コースに進む前に、検査員が車検証とクルマの同一性を確認するためにフレームナンバーを確認します。
その後クルマの操作系と外観をチェックします。
検査コースでは、ユーザー本人が検査機器を使って(サイドスリップ・速度計・前後ブレーキ・排気ガス・ヘッドライト光軸など)これらを測定します。各検査機器の近くには自動車検査票に記録するための記録器があります。
次は下回りのチェックです。専用ピットにクルマを移動し、検査員が車体の下を点検します。
コースを終えたら、「総合判定ボックス」で検査票と必要書類を提出します。
問題がなければ合格印が押されます。
最後に窓口で新しい車検証とステッカーを受け取ります。
ユーザー車検では、自分自身で検査を行うため、整備工場のような料金や手数料が不要で、大幅に安く車検を受けることができます。
ただし、この方法にはいくつかの問題が存在します。
後整備をしないユーザー
強い言葉で言わせていただくと、素人が車検場に行き、何の問題もなく検査が通ってしまうことがあります。
検査が通ればそのまま乗り続けることがあるようですが、これはクルマの保守管理としては整備不良と言えます。
本来であればユーザー自身が前検査を終えた後、最寄りのディーラーまたは整備工場に後整備を依頼する必要があります。しかし、現状ではそれが実施されていないことがあります。
国土交通省もこの問題を深刻に捉えているようで、前検査が行われた車両の検査標章の裏面に「法定点検未実施」という印字を行い、点検整備が行われていない車両として注意を喚起しています。
検査に通らなかった場合に対処できない
検査コースでもし検査に合格できなかった場合、検査員が問題の箇所を指摘してくれます。
その後、修正を行い再度検査コースに進むことができます(検査コースへの入場回数は最大3回まで制限されています)。
しかし、素人の方にとっては、どのように調整や修理を行えばよいのかわかりません。
なお、陸運局の近くには「予備検査場」という施設があります。ここでは陸運局の車検場と同じ検査機器を使用して予備的な測定と点検を行ってくれます。
予備検査場では、本番の検査コースに進む前に事前に測定と点検が行われます。
ただし、予備検査場では調整や修理の代行は行っていません。
料金を支払うことで点検や調整を受けることはできますが、交換作業については整備工場にお願いするしかありません。
検査に通っても安全とは言えない
ユーザー車検において誤解されがちな点は、たとえ検査が合格したとしても、それが次回の車検まで安全に乗れるという保証ではないということです。
「今のクルマの状態でとりあえず今回の検査に合格した」というだけのことです。
ユーザー自身が行う検査は、整備士による整備とは異なり、部品の状態や交換の目安などを判断することができません。そのため後々突然トラブルが発生する可能性もあります。
一方、ディーラーなどの整備工場で行われる車検整備は、事前に故障箇所を見つけて修理や交換を行う「予防整備」という意味合いも持っています。
プロの整備士は車両の状態や部品の摩耗、油脂の汚れなどを確認し、必要に応じて交換や修理を行います。しかしユーザー自身ではそれを行うことはできません。
ユーザー車検は費用は安くなる反面、リスクを伴うことになります。
法改正に伴う格安車検の登場
私が現役で整備士をやっていた頃の話になります。
道路運送車両法の平成7年の改正により、これまで整備に関与していなかった業者が「車検」という分野に参入したことで増加しました。
ディーラーや民間の整備工場など、車検を専門的に行ってきた業者にとっては仕事がやりにくい状況となりました。
大手カー用品店なども、製品よりも整備やメンテナンスに注力するようになり、新たな整備ピットを設置するなどして規模が拡大しました。
この法改正初期には格安車検を宣伝した業者が乱立し、安価な料金が目立つ広告やチラシで顧客を引きつけていました。
一般のユーザーは車に詳しくないため安い料金だけに目が行きがちになり、整備内容を確認していないことがあります。
このような状況で、業者間でのトラブルも発生したようです。
格安車検の仕組み
格安車検はどういうカラクリで安い料金が可能だったのか考えてみました。
当時の現場を確認していないので、事実かどうか定かではないしハッキリした事は言えません。
しかし明らかに料金は安く設定されていましたので、そこには何か裏があると思うのは当然です。
下記の内容はお客様や同業者から聞いた話をもとに、自分なりに考察した内容です。あくまで自分の推測となりますのでご了承下さい。
実際には良心的な業者もありますから、もし利用するならネットなどの口コミなどを参考にしてみて下さい。
メーカー純正部品を使わずに社外品の安い部品を使用している。
業者は安価な社外品の部品を使用し、油脂やグリスなどもコストを削減していると考えられます。
安価であっても、社外品であるために長期的には問題の原因となる可能性があります。
メーカーが指定した部品を使わないことでクルマの本来の性能が引き出せない可能性もあります。
自動車メーカーが推奨しているのは純正部品です。クルマの性能を維持するために、メーカーが厳格な品質管理と審査を経て認定した純正部品を使用することが重要です。
純正部品以外を使用して問題が発生した場合、メーカーの補償が受けられない可能性があります。
整備料金の範囲内の作業はするが、それ以外の作業はしない。
業者の中には、車検整備以外の作業(見積もり金額以上になる作業)を行わないケースがありました。
要するに、ブレーキパッドが減っていてもバッテリーが劣化していても交換は行いません。
エアクリーナが汚れていても、簡単に清掃するか点検のみで、給油が必要な箇所も何もしません。
減っていようが汚れていようが劣化していようが、車検に合格すれば問題ないというわけです。
回転率を上げて多くの台数をこなすことで利益を上げていると考えられます。
保安基準に適合しない箇所や不具合があった場合は別料金
一部の業者では、基本料金を安く設定しており、それ以外の作業には割高な工賃が請求されるケースもありました。
つまり点検整備料金以外の作業には別途の追加料金(工賃)が発生することになります。
たとえば、ブレーキパッドが減っており交換が必要な場合、その作業には別途の工賃がかかります。
基本料金が安いからといっても、全ての作業がその料金内で完了するわけではないことに注意が必要です。
くどいかもしれませんが、上記に挙げた事例は「平成7年 道路運送車両法の法改正」初期の頃に、同業者やお客様から聞いた話をもとに自身が推測した内容です。
真偽の程ははっきりしていませんが、一例として参考にしてください。
もちろん、すべての業者が同様であるわけではないので、誤解のないようお願いいたします。
現在は法改正から約30年近くが経過しているため、上記に挙げたような業者は少ないと考えられます。
現在の業者の中には、「コース料金」という形でお客様の予算とニーズに合わせた整備を提供しています。
また、早期予約やネット予約などで割引を行い、お客様を呼び込む取り組みも行われています。
選択するのはユーザー
自動車を所有することは、車検費用だけでなく維持費用もかかることを理解しています。
維持費をできるだけ抑えたい気持ちは理解できますが、点検整備費用をすべて格安にしようとするのは疑問です。
車は常に稼働しており、乗るたびに劣化していきます。さらに季節によってクルマの環境も変化します。
猛暑、氷点下、湿気、乾燥、紫外線、酸性雨、凍結防止剤、泥や砂、潮風、過走行など、さまざまな要素によりクルマは損傷します。
整備士はそうしたクルマを点検し、安全に乗るための整備を行います。経験豊富なディーラーや整備工場にクルマを任せることは、賢明な選択だと思います。
専門のプロに整備を任せることで安心してクルマに乗ることができます。
ただし安価に済ませたいというユーザーも存在します。それは個人の考え方ですので、特に反対はしません。
「安さとスピード」を重視するか、「安全と安心」を選ぶかは、個人の判断に委ねられています。
今後の自動車メーカー
自動車の保有台数は減少傾向にあります。
メーカーとしては、自社の製造したクルマについては専門ディーラーでの修理や整備を希望しており、顧客のロイヤルティの確保に全力を注いでいることが考えられます。
自社ディーラーを保護するために、他のディーラーや整備工場で簡単に修理できる構造にすることは避けるでしょう。
そのためメーカー独自の技術や機能を備え、他の整備工場では修理できない仕様にする傾向があります。
このような差別化が今後の競争力を保つために必要とされると思われます。
ユーザーの認識
ここからは自動車を保有するユーザー向けにお伝えします。
今回のテーマは平成7年の法改正による影響で、この時期は整備業界に混乱が生じた時期であったと考えられます。
新たに「車検」というビジネスに参入する業者の増加により、競争が激化したとともに悪質な業者も存在したようですが、現在ではそのような業者は排除されていると思われます。
この法改正の背景について、政府は「自動車の進歩や使用形態の多様化に適応する」と述べていますが、同時に「自動車の所有者が保守管理の責任を果たす」とも述べています。
要するに、自分が所有するクルマの管理は自己責任が求められるということです。
さらに言えば、自身で整備や修理ができない場合は、プロの整備士に任せるということです。
クルマの保守管理を怠ったことで故障が発生しても、メーカーや整備工場に責任はありませんという意味も含まれています。
整備士の待遇は改善されていない
整備業界にいた者として、法改正の影響による危機感を抱いていました。
低価格の車検が登場すると、他のディーラーや民間工場も対応を迫られることになります。
そのためユーザーの要望に応えるために、迅速な車検や割引特典を提供してユーザーを呼び込んでいます。
ユーザーの要望に対応するためには、以前よりも作業を迅速に行う必要があります。
また付帯費用や価格設定を細かく分けて工夫することも行っています。
効率化とコスト削減の影響で一台当たりの売上単価が低下し、利益を得るためには台数を増やさなければならなくなりました。
その結果、整備士は仕事量が増える一方で給与は上がらない状況となりました。
対策を講じなければ整備士は減っていく
経営者側は整備士はいくらでも代わりがいると考えているのかもしれませんが、実際に数年前から整備士の不足が指摘されてきました。
T系ディーラーにおける不正車検の報道などもあり、売上目標やノルマを厳しくすると、疲労やストレスから整備士が疲弊し、辞めてしまう可能性があります。
給料が上がれば良いのですが、私自身がこの業界で働いてきた経験から言えることは、整備士の待遇や立場は今も昔も変わっていないと感じます。
初めて整備士になった頃と比べれば多少は改善されていますが、経営者側は営業職を重視しており、整備職は軽視されているように思います。
医師は治療をすると感謝されますが、整備士は修理をすると「高い」と怒られることがあります。
整備業界に希望を持って入ってきても、このような状況では報われません。整備士はお店において「縁の下の力持ち」的な存在です。
労働環境が改善されなければ、整備士を目指す人はますます減少していくでしょう。
まとめ
クルマを総合的に点検して必要な整備や修理を行うには、知識も重要ですが積み重ねてきた経験も大切な要因となります。
そういった経験豊富な社員を大事にしないと後からツケが回ってきます。
自動車整備に関しては、経験者が整備上のテクニックを教えて次の世代に伝えていかないと、整備に必要な技術が途切れてしまいます。
整備の作業時間や料金についても明確な説明が求められますから、そのことをわかりやすく説明するには経験に基づいた知識が必要になってきます。
自動車業界の変革にはユーザー側の理解と協力が必要です。問題が改善されるためには、自動車業界全体がユーザーに理解してもらう努力をしなければなりません。
あとに続く人材を育てるためにもこの問題を解決してほしいと願っています。